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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)1250号 判決 1984年4月26日

原告

須賀徹也

右訴訟代理人

高梨克彦

山本朝光

被告

石井賢一

右訴訟代理人

荒川岩雄

岡田滋

主文

被告は原告に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、その二分の一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

申立<省略>

主張

原告(請求原因など)

一1  昭和四九年六月二〇日午後九時一二分頃浦和市元町三丁目一四番九号宅先信号機のない交差点(以下、単に、交差点という。)において東進する被告所有・運転の乗用自動車(埼五五と九九六四、以下甲車という。)と北進する原告運転の自動二輪車(第二種原動機付自転車、岩槻市き一二二、以下乙車という。)とが衝突し(以下、単に、事故という。)、原告が受傷した(以下、単に、受傷という。)

2  よつて、被告は甲車の運行供用者として原告の受傷による損害を賠償すべき義務を負う。

3、4<省略>

二1  原告の受傷及びその後の経過は、次のとおりである。

(一)  原告(昭和六年三月二三日生、事故当時公立中学校教諭)は、頭部打撲、脳挫傷、左第六、七、八肋骨骨折、外傷性気胸、左上肢弛緩性麻痺、左下肢不完全麻痺により事故の日から昭和四九年九月二二日まで入院し、その後、頸髄損傷、左上肢廃失、左下肢不完全麻痺の症状固定(症状固定日・同年一一月二六日、自賠法施行令別表五級該当、以下、五級の後遺症という。)の診断を受けた。

(二)  その頃の医師の意見は、向後一年観察を要するが、右手が十分使えるので教職への復帰は可能というにあつた。原告は、右意見に従い、教職への復帰を前提に(当時退職など予想もしなかつた。)、自宅療養の後、昭和五一年一一月六日復帰し、電車バスを利用して通勤し、左手をポケットに入れ右手で支えるなどして授業し、疼痛が耐え難いときのみ早退する程度で、概ね正常に勤務した。しかし、昭和五二年には、頸部の疲労、終痛が甚だしく、肩、肘、手首、指などの関節が硬直し、同年度後半には、タクシー通勤、時間休暇も増えた。昭和五三、五四年には、さらに症状が悪化し、左腕の重みからくる疲労、灼熱痛甚だしく、食欲、体力の減退、痛みのための睡眠不十分などのほか、歩行・起立すら困難となり、ことに昭和五三年後半には三ケ月の病休をとつた。昭和五五年には、原告は心身すべてを勤務・授業にかけてその限界に挑んだが、熱・痛みのため到底執務継続不能と自覚し、同年一二月一六日以降休職し、昭和五六年三月三一日公立中学校教諭をやむなく退職(以下、本件退職という。)した。

2  本件事故時はもとより、前記症状固定時においても、原告は事故による退職を全く予想せず、本件退職は、右症状固定後に生じた予想外の後遺症の増悪により余儀なくされたもので、本件退職に基く損害の賠償請求権は、右退職時まで消滅時効が進行しない(最判昭和四二年七月一八日民集二一巻六号一五五九頁参照)。

3  被告主張二3の事実中、同主張のとおりの支払があつたことは認める。

三  本件退職に基き、原告の被つた損害額は次のとおりである。

1  逸失利益 二七四四万五七二三円

(一)  本件退職時から定年勧奨退職予想時(六〇歳)まで別表イのとおり 一八九一万一八一三円

本件退職がなかつたと仮定した場合の予想給与額(同表A)から現に受領している公務外傷病年金年額二四九万三五〇〇円と五級後遺症該当者の予想収入額(昭和五六年センサス当該年齢大学卒業男子平均額の二一%、同表B)の合計額(同表C)との差額(同表D)につき昭和五九年以降分ライプニッツ係数を用い年五分の中間利息を控除して昭和五八年一二月末日の現価(以下、単に、ラ現価という。)に引直した額(同表E)の合計額

(二)  六〇歳の後平均余命による予想生存期間(七六歳まで)の年金分四三一万九九五八円

六〇歳退職の場合の予想恩給年額三〇〇万六九三一円と現に受ける傷病年金年額二四九万三五〇〇円との差額・年五一万三四三一円のラ現価合計

(三)  六〇歳の後六七歳まで再就職による所得の減少 四二一万三九五二円

五級の後遺症の場合、通常の教職者の再就職の場合に予想される給与額(前記センサス当該年額大学卒業男子平均―六〇歳から六四歳まで・年額五〇三万八二〇〇円、六五歳以上・年額四六五万五一〇〇円)の二分の一に同級の労働能力残存率二一%を乗じた額のラ現価合計

2  慰藉料 七〇〇万円

生涯を教育に捧げてきた原告が、受傷のため、通常の定年以前にやむなく退職し、以後校外でも生徒指導に従事できず、余生を単に苦痛に耐えるだけになつた精神的打撃につき。

3  弁護士費用 二五〇万円

四  <省略>

被告(答弁、抗弁)

一  <省略>

二1  原告主張二1の事実中、原告が公立中学校教諭であつたこと、昭和四九年一一月二六日五級の後遺症をもつて症状固定したこと、原告が本件退職をしたことは認めるが、その余は争う。

2  原告は、右症状固定の診断時の状況に徴し、教職を継続することが十分可能であつたから、本件退職は、原告の自由意思に基くもので、事故と因果関係がない。

3  原告の事故による損害は、治療費等一二〇万円、五級の後遺症に基く損害につき五九〇万円の支払がなされ、すべて填補済である。

4  原告の事故による損害賠償請求権は、損害が右填補額を超えていたとしても、事故時、あるいは、右症状固定時から三年間の経過により時効消滅したから、被告はこれを援用する。

三  原告主張三の事実は争う。

証拠関係 <省略>

理由

一請求原因一1のとおり事故が発生し、原告が受傷したことは、当事者間に争いがないから、免責事由のない限り、甲車の運行供用者であることに争いのない被告は、自賠法三条本文によつて、事故により原告が被つた受傷に基く損害を賠償すべき義務がある。

二<省略>

三原告の本訴請求は、本件退職に基く損害の賠償を求めるものであり、被告は、事故と本件退職との因果関係を争い、かつ、事故に基く損害賠償請求権が時効消滅した旨主張する。

1  原告が事故当時公立中学校教諭であつたこと、五級の後遺症(昭和四九年一一月二六日症状固定)の診断を受けたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告の生年月日、受傷、入院加療の経過、症状固定にかかる後遺症の態様が請求原因二1(一)のとおりであり、原告は、主治医たる東京医科歯科大学医学部附属病院整形外科医師磯部饒により昭和五〇年二月末頃右症状固定の診断を受け、その頃右症状固定の事実を知つたものと認めることができる。

2  <証拠>によれば、前記主治医は原告につき昭和五〇年当時後遺症はあるものの身体の機能は幾分改善され、遠からず学校教員として復帰できるものと判断しており、原告もこれを信じて自宅療養を続けた後、昭和五一年一一月一六日公立中学校教諭として現場に復帰し、その後昭和五三年四月頃までと昭和五四年二月から昭和五五年五月まではほぼ正常に勤務し(年次休暇はとつたが、病休はない。尤も、学校において健常者として行動していたわけではない。)、国語科の授業(昭和五五年四月以降週二〇時間程度)を担当し、その間昭和五二年初夏には生徒の遠足にも同行したこと、原告は、昭和五一年復職当初は、電車バスを利用して通勤していたが、昭和五二年夏頃からは、痛み、歩行困難等のためタクシー通勤も屡々となつたこと、昭和五三年には学校においても休み時間など横臥することが多く、幻肢痛などの灼熱痛、終痛が瀕発持続し、そのため、食欲減退、睡眠不良を来たし、昭和五五年に入るとこれによる全身衰弱が顕著となり、学問・生徒指導への意欲を保持しえない状態に陥り、同年夏休以後は病休を続け、休職となつたまま、年輩の中堅教諭として校長、同療から惜まれながら本件退職に至つたことが認められる。

3 以上の事実によれば、原告の事故による後遺症は、症状固定診断後、予期に反して機能回復せず、むしろ悪化したものであり、昭和五五年後半の症状からすれば、原告は中学校教諭の職務を続けることが期待できず、やむなく退職したものであつて、本件退職は事故と相当因果関係があるものといわなければならない。被告は、本件退職が自由意思によるものと主張するが、任意退職であることは相当因果関係の肯認の妨げとならない。そして、原告は、前記症状固定診断時においては、自己が退職を余儀なくされる旨の認識を有せず、昭和五五年に至つてはじめて退職の不可避であることを知つたものというべきである。

4 してみると、事故に基く損害のうち、昭和五〇年に予見された五級の後遺症に基く損害については賠償請求権が既に三年の経過をもつて時効消滅したというべきであるが、後遺症に基く損害のすべてについて右時点で賠償請求権の消滅時効が完成したといえず、後遺症に基く損害のうち、昭和五五年まで予見不可能であつた分、すなわち、本件退職に基く損害については、賠償請求権はなお時効消滅していないものというべきである。

5 原告の本件退職に基く損害の範囲は、既に五級の後遺症に基く損害について五九〇万円の賠償支払がなされた(当事者間に争いがない。)うえ、消滅時効が完成しているので、本件退職以後に生ずべき損害と昭和五〇年に予見した五級の後遺症に基く損害との較差が賠償の対象と考えられる。その算定の方法としては、事故による全損害額を算定したうえ、昭和五〇年当時請求しえた損害額を差引くのは、時効制度の趣旨に鑑み、妥当でなく(右差額を下回るべきでないのは当然であるが)、本件退職時及びそれ以後に生ずべき損害の各費目ごとにこれに対応する五級の後遺症に基く損害額を差引く(したがつて、症状固定時から本件退職時までの間の逸失利益については、問題外とする。)のを相当とする。

四以上の前提に従い、本件退職に基く損害(五級の後遺症に基く分を控除したもの)を算定する。

1  逸失利益その一

本件退職時から六〇歳まで

原告は、本件退職により、なお勤続した場合の予想給与額(<証拠>により、原告主張のとおりと認められる。)から現に受領している公務外傷病年金額(<証拠>により原告主張のとおりと認めらる。)から現に受領している公務外傷病年金額(<証拠>により原告主張のとおり年額二四九万三五〇〇円と認められる。)の差額の収入(利益)を逸した(弁論の全趣旨によれば、公立中学校教諭のいわゆる定年退職年齢は六〇歳であつて、さきに述べた事実からすれば、原告は昭和五〇年の時点では前示後遺症に拘らず、右年齢まで在勤する蓋然性が強いものとみるのを相当とする。)というべきであるが、右期間の五級の後遺症に基く逸失利益額をさらに差引くこととする。

右逸失利益の額は、原告が公立中学校の国語科教諭であることを考慮すれば、労働省の労働能力喪失率五級・七九%によるのは妥当でなく、休暇等の可能性を考慮して前記得べかりし給与額の四〇%として算出するのを相当とする。

これによると、原告の六〇歳までの本件退職に基く逸失利益の額(ラ現価)は、別表ロのとおり一〇四一万三四〇四円となる。

2  逸失利益その二

六〇歳から七六歳までの年金分

原告の同年齢者の平均余命予測からすれば、その予想生存期間が原告主張の七六歳までを下らないことは公知の事実であるところ、<証拠>によれば、原告が六〇歳まで勤続して退職した場合の爾後の退職年金年額は三〇〇万六九三一円であると認められ、現に受ける傷病年金は前記のとおり年額二四九万三五〇〇円であるから、それとの差額は年五一万三四三一円となり、そのラ現価合計は四三一万九九五八円である。

3  逸失利益その三

原告は、本件退職に至らない場合、六〇歳学校退職後の再就職を予想してその所得減を主張するが、五級の後遺症を有する教員経験者について六〇歳以後の就労を期待すべき限りでなく、しかも、六〇歳以後の就労の能否は本件退職と相当因果関係のあるものといえないから、このような所得減を前提とする逸失利益の算定は相当でない。

4  慰藉料

原告が本件退職(九年間繰上げ)により被つた精神的損害は小さくないが、既に五級の後遺症を有した原告に対して本件退職により初めて付加される分は、本件に顕われた事実を総合して、事故発生についての原告の過失を度外視した場合、一五〇万円とみるのを相当とする。<以下、省略>

(高田晨)

別表イ

年齢

(歳)

(昭和)

給与

A(円)

5級後遺症者

の予想収入

B(円)

傷病年金と

Bの合計

C(円)

差額

A-C=D(円)

ラ現価

E(円)

51

56

6,122,463

1,555,092

4,048,592

2,073,871

52

57

6,201,931

2,153,339

53

58

6,220,196

2,171,604

54

59

6,269,664

2,221,072

2,115,127

55

60

6,319,129

1,387,617

3,881,117

2,438,012

2,211,277

56

61

6,367,397

2,486,280

2,147,649

57

62

6,416,862

2,535,745

2,086,157

58

63

6,465,146

2,584,029

2,024,587

59

64

1,928,202

18,911,813

別表ロ

年齢

(歳)

(昭和)

給与

A

給与の4割

B(円)

傷病年金と

Bとの合計

C(円)

差額

A-C=D(円)

ラ現価

E(円)

51

56

別表イに

同じ

2,448,985

4,942,485

1,179,978

52

57

2,480,772

4,974,272

1,227,659

53

58

2,488,078

4,981,578

1,238,618

54

59

2,507,866

5,001,366

1,268,298

1,207,903

55

60

2,527,652

5,021,152

1,297,977

1,177,304

56

61

2,546,959

5,040,459

1,326,938

1,146,259

57

62

2,566,745

5,060,245

1,356,617

1,116,092

58

63

2,586,058

5,079,558

1,385,588

1,085,644

59

64

1,033,947

10,413,404

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